ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

セクシャリティは「僕自身」後編

始めに

 この記事は、以下の記事の続きです。この記事から読んでいただいてもいいですが、

以下の記事を先に読まれることをオススメします。

ama-yadori.hateblo.jp

初恋のきっかけは文転

 僕の初恋は、高校2年生のときです。今まで友達として「好き」な人は

いましたが、恋愛として「好き」な人は初めてでした。

以下の記事でも言っていますが、僕は理系から文系に移っています。

文転をきっかけに初恋の人に出会うことになったのです。

ama-yadori.hateblo.jp

初恋はイチゴの味

 うちの高校では、芸術科目が「音楽」「美術」「書道」から選択できました。

理系は1年生だけですが、文系は2年生でも芸術の授業がありました。僕はもちろん

音楽を選んでいたのですが、なんと僕のクラスで音楽を選んでいた男子が、

僕を含めて3人しかいなかったんですね。(女子は20人ぐらいいました)

そういうわけで、そこで仲良くなった男子が僕の初恋の相手です。

 その人は中学ではテニス部、高校では柔道部に入っていたバリバリのスポーツマン

ですが、なんとバイオリンを習っているらしく、ごつごつした手から想像ができない

ようなとても繊細な音を奏でる、とっても優しい人でした。その丸い顔は、いつも

ニコニコしていて、見ているだけで元気をもらっていました。人生で初めて向けて

もらった、純粋で素直な優しさに包まれるような感覚でした。

 また、彼はとっても真面目で努力家だけど、どこか抜けているところがあって

みんなから愛されるキャラでした。音楽の授業の休み時間に、間接キスで分けて

もらったいちごオレの味は今でも忘れられません。

(今でも疲れた時はつい、いちごオレを買ってしまいます☆)

どうして恋したのか?

 今までまったく感じることがなかった恋心が、突然目覚めたのはどうして?

その当時は分かりませんでしたが、時が経った今は少しだけ分かるような

気がします。

 まず、音楽という共通の趣味があったことが大きいです。おかげで会話に

困ることはありませんでした。普段あまり見せることがない部活中の

「素の自分」でいられたことも大きいと思います。僕は、休み時間や放課後の

時間ではなく、授業や音楽、体育祭といった、何かの活動を通して仲良くなること

多いです。休みの時は1人でいたい、というON/OFFがはっきりしている性格なので、

OFFの時は、友達とあんまり一緒にいるのは好きじゃないんですね。

 なので、週に1回だけあった音楽の授業は、仲良くなる上で、接する頻度がちょうど

よかったんだと思います。音楽の授業以外にも、体育の授業(彼と一緒にするため

だけに、柔道やテニスを選択していました☆)、日本史や倫理の授業

(奇跡的に選択科目がすべて一緒!運命じゃん、とはしゃいでいました)で

一緒でしたが、このたまに会ってたまに会話するような何とも言えない距離感

とても好きでした。しゃべろうと思えばしゃべるし、何かを一緒にしようと思えば

一緒にするぐらいの仲、この自分に選択の「自由」がある感覚

心地よかったんです。

永遠に残る思い出

 彼への思いは、「もっと仲良くなりたい」という友情の延長線でしかなかった

のかもしれません。でも、いちごオレを貰うときのドキドキ、自分の名前を

呼ばれたときのドキドキ(彼は周りに誰かがいるときと、2人だけでいるときで、

僕の呼び方がなぜか変わっていました)、笑顔を向けられたときのドキドキ、

その色々なときめきは明らかに「恋」と言っていいものだったと思います。

 ただ、この感情を相手に伝えたいとは思っていませんでした。とっても

イケメンだし、すごくエッチな体型だなぁとは思ったけれど、彼への感情は

それ以上でもそれ以下でもありませんでした。

 正直今でも、僕にとっての「顔も性格もどストライクの理想の彼氏」だと

思います。それぐらいに初恋は揺さぶられたのですが、辛い、苦しいという

感情よりは、初めて恋してる、これが恋心なんだ、という喜びが強くて、

毎日がとっても楽しかったのを覚えています。受験期には彼と一緒に

勉強もしましたし、(放課後に教室や図書館でという夢のような時間でした)

彼に教えてあげたくて必死に勉強をしました。恋の力は本当に偉大で、

苦しいはずの受験勉強をとても楽しく過ごせました。

 大学は別になって、結局思いを伝えることはありませんでしたが、

記憶の中にあの頃の彼の姿が、そのまま残っています。思いを伝えなかった

からこそ、僕にとって初恋は「切なくも素敵なままの初恋」として残り続ける

大切な宝物です。

怒涛の大学生活1年目

 大学に進学した後、吹奏楽部に入った僕は、そこで新たな出会いが

待っていました。1人はなんと自分のことを「ゲイ」だとオープンに

している人です。自分以外でゲイの人は初めてでしたし、その頃は

カミングアウトをする気は一切なかったため、とても驚きました。

ただ、出会ってすぐの頃は、カミングアウトをする勇気がなかったため、

気になっていたがゆえにあまり話すことはありませんでした。

 もう一人は、人生2度目の恋をした人で、いい意味で僕と正反対の

性格の人でした。映画やガンプラが趣味で、スタイルも良く、ブラック

コーヒーを飲むクールな彼は、話してみるとびっくりするほど気さくで、

おしゃべりな人でした。

(あれ僕ってもしかしてギャップに弱いのかもしれない……)

人見知りでインドアな僕を、あちこちに連れまわしてくれて、いつの間にか

苦手だったはずの「誰かと2人でOFFを過ごす」ことが出来るようになっていました。

 またもや「もっと仲良くなりたい」から始まった「好き」という感情は、少しずつ

高まっていき、一緒の授業を取ってみたり、(教養科目という自由に取れる科目で、

がっつり理系科目を選んでまで一緒にとっていました☆)飲めなかったブラック

コーヒーを克服したりしていました。(紅茶派だったはずなのに、いつしかコーヒー

ばっかり飲むようになってしまいました。)

 そして、あることをきっかけにこの2人との関係は急変することになりました。

人生初のカミングアウト

 それはとある飲み会の席でした。部活の先輩に誘われて参加した宅飲みで、

周りが全員お酒が入ったなか、一人だけまだ未成年でお酒を飲んでいませんでした。

お酒の席で盛り上がる話と言えば恋愛話、新入生がいるとなると

なおのことでしょう。

 

「今彼女いるの?」「好きな人は?」「じゃ気になる人は?」

「好きなタイプは?」「今までに一人ぐらいは好きな人いるよね?」

「隠さなくていいからしゃべりなよ、親睦を深めるためだよ」

「まさか女に興味ないの?草食系男子ってやつか?」

「意外とむっつりなんじゃない?」「案外ゲイだったりして?さすがにそれないか」

 

 今まで恋愛話は、部活に打ち込むことで避けてきました。恋愛より部活が好き

なんだ、そう思われるだけで自然と納得してもらえたからです。でも、その部活の

先輩から上のような言葉を言われれば、逃げ道はおろか逆らうこともできません。

もちろんここで噓をついたり、ごまかすこともできます。でも、中学の時に

使えていた仮面をかぶるには、あまりにも感情が豊かになりすぎたんですね。

気づいたときには、涙がこぼれ、全身の震えが止まらなくなりました。

 そして、そこで人生初のカミングアウトをすることになったのです。

ああ、とうとう言っちゃったんだな、と他人事のように思えたのを今でも覚えて

います。結局、確信に近かった「ゲイ」であるということだけ伝えましたが、

先輩はお酒が入っていたがゆえに、僕の言葉を覚えているのかが

分かりませんでした。

 翌日、大学の合格発表よりも緊張して部室に向かうと、何事もなかったかのように

いている先輩がいました。もしかしたら何事もなかったことにしたかったのかも

しれません。以降、先輩たちにとって僕に恋愛話をふることは、暗黙の了解で

タブーになっていたようです。それは、「彼女いるの?」のような嫌な思いを

しなくて済む一方、自らのセクシャリティを十分に説明できないままうやむやに

することを意味していました。そのせいで、思わぬことが起こってしまうのです。

人生初の自分で決めたカミングアウト

 カミングアウトをさせられることになった僕は、以前のように感情を

とどめておくことができなくなっていました。先輩は僕がゲイであると

知っている、けれど同級生は知らない。それは、ゲイであることを

隠そうとする自分を見られることを意味します。何も悪いことをしていない

はずなのに、部活をするだけでソワソワして、ビクビクして、涙が出て

きそうになりました。正直一人で抱えこむには、とっくに限界を超えて

いました。そこで、意を決してカミングアウトをしたんです。そうゲイを

オープンにしている彼に。

 大丈夫だ、そうわかっていても、カミングアウトは怖かったです。

命をすり減らすような感覚でした。結果はもちろん大丈夫で、

すぐに友達になりました。

 彼にとっても、現実でゲイに会うのは初めてだったらしく、今まで

思っていたけど言えなかったことを全て吐き出しました。やはり生の声は、

ネットの声よりも参考になり、自分は異常ではなかったんだ、という

安心感を得ました。でも、同じゲイである彼とも合わない部分は、

余計に不安が高まってしまいました。

 今までの「好き」は、おそらくセクシャリティが違うから、叶うはずが

ありませんでした。でも、いざ同じセクシャリティである「ゲイ」の彼を

目の前にしたときに、この「好き」という感情が、どう違うのかが分から

なくなったのです。

 むしろもう一人の、違うセクシャリティであるはずの片思いの彼への

「好き」の方が強いと感じてしまったんです。友達と恋人、それはどう

違うのだろうか、どこに境目があるのだろうか、その答えが分からなく

なってしまいました。

 その結果、ゲイの彼を傷つけてしまうことになったのです。

「僕と付き合ってください」そう言われて、返事ができなかったんです。

友達と恋人

 友達以上恋人未満という言葉があります。この言葉にはいくつかの意味が

あると思います。1つは恋人みたいに仲が良い親友、1つは友達から恋人へと

進展している途中の関係、もう1つが友達としてしか見れないために、

恋人にはなれない、という意味です。僕の中での理想の恋人は、まさに

「友達以上恋人未満」であり、1番最初、もしくは2番目のような関係です。

その意味で僕は、「友達以上恋人未満みたいな関係でいよう」と返事を

しました。でも、世間一般では3番目の意味で使われることが多いようで、

彼は僕の返事を3番目の意味に捉えてしまったようでした。ここではっきり

「ごめん」というべきだったのでしょう。でも、告白を断ることで、縁が

途絶えることの方が怖かったのです。

 恋愛感情が持ち込まれたことによって、僕と彼との関係は「友達」で

とどめておくことができなくなってしまいました。それどころか、友達と恋人の

違いがますます分からなくなりました。その後、迷いましたが同級生のみんなにも

カミングアウトをしました。単純に隠すのが無理だとわかったことと、

自分の口から伝えたかったこと、そしてみんなの考えが知りたかったことが

理由です。

 結論から言うと、みんな僕のことを受け入れてくれて、恋愛経験が

ほとんどない僕にたくさん応援やアドバイスをくれました。もちろん片思いを

していた彼にもカミングアウトをしました。おそらく告白をするぐらい

緊張して、1時間かけてやっと口にしたのですが、「そうなんだ、

とりあえずありがとう。」と3秒で返事をされ、拍子抜けをしたのを覚えています。

(その後彼とは、どういう訳がますます仲が良くなっていきました。)

そして、カミングアウトをしていくなかで衝撃の事実が分かったんです。

「えっ、そんなこと知ってたよ、先輩が言ってたし」

アウティング

 その時、この世の全てを信じられなくなりました。

いつの間にか、僕がゲイであることをアウティングされていたのです。

本当はカミングアウトをしていくなかで、全部話して相談したいと思っていても、

してはいけないことだろうと思い、彼から告白を受けたことを全力で

隠していました。たとえ彼がゲイをオープンにしているとはいえ、少しでも

アウティングにつながることはするべきではないと思っていたからです。

 先輩は何気なくアウティングをしたかもしれません。もしかしたら、

アウティングという存在すら知らなかったのかもしれません。

もしそうであるならば、アウティングがしてはいけない行為であることを

僕が教えてあげるべきでしょう。

 でも、その時の僕にその「正しい行為」をする余裕はありませんでした。

それどころか、関わることすら嫌になり、部活を休みがちになってしまいました。

 皮肉なことに、この時頼ることができる人が、ゲイの彼しかいませんでした。

でもそれは、彼の思いを利用しているような気がして、罪悪感がありました。

でも、彼以外にわかってくれる人はいなかったんです。

 いつの間にか僕の方が、彼に依存していることに気づきました。

そのくせ告白には応じることができない、とてもひどいことだとわかっていても、

どうすることもできなかったんです。しだいに、自分のことが嫌いになって

いきました。どうして僕には「好き」が分からないんだろうか。

そう嘆いているうちに、さらに状況は悪化していきました。

休部か退部か

 「突然ですが休部するかもしれません」

「もしかしたら退部しないといけないかも」

悩み続ける僕の耳に、同時にこの言葉が届きました。その声の主は、

ゲイの彼と、片思いしていた彼でした。それはあまりにも突然のことで、

すぐには理解できませんでした。もしかして、自分のせいなのかも……

考えたくない言葉が頭をよぎっていました。このまま何もしなければ、

おそらく一生後悔するだろう、そう思った僕は片思いを伝えることにしました。

 正直、自分のセクシャリティはもちろん、思いすら言葉にできていませんでした。

それでも、言わない後悔をしたくなかったのです。というのも、彼とはとても仲が

良かったので、うやむやにしたくありませんでした。月が綺麗ですね、とふざけて

言ってみれば月が綺麗ですね、と返ってきたり、バレンタインデーにはチョコ

ちょうだいと言われたり、誕生日には日付が変わった瞬間におめでとうとラインを

くれたり、もしかしたらいけるのでは、という期待もあったからです。

(これらはすべてゲイであるとカミングアウトを受けた上での行動です……)

 当然言うべきなのかは相当悩みました。初恋が言わなかったからこその成功だった

ので、今回も言わないでおこうとしました。でも、初恋とは違って恋が実らない

苦しさの方が強かったです。それだけ、関係が近くなりすぎたんですね。

迷うということはどっちでも大丈夫だ、という言葉を信じて告白をしました。

今となってはいい思い出

 結果はダメでした。でも彼は「友達でいよう」と言ってくれました。

恋人にはなれなかったけれど、彼の思いが聞けただけで十分でした。

僕にとっての初めての失恋は、恋が実らなかったというよりは、友達のままでは

いられるんだ、という安心感が強かったです。そのため、フラれてから1週間ぐらい

経った後に、失恋したんだという悲しみがやってきました。さすがに告白してすぐ

今まで通りに、とはいきませんでしたが、時間の経過とともに少しづつ元に

戻っていきました。結果論ではありますが、告白してよかったのかなとは思います。

 そして、この告白を通じてようやく気づきました。僕は「恋人」を望んでいる

のではなく、恋人のような「関係」を望んでいたのです。だから、「関係」さえ

あれば別に恋人にならなくても、友達のままでいいんだ、その関係があるのか、

ないのかが友達と恋人の境目だ、と気づきました。いつの間にか、友達か恋人か

という枠に、無理やり振り分けようとしていたんですね。友達として恋人として

は関係なく「好き」なものは「好き」なんだ。そう捉えてみると、違和感がきれいに

なくなりました。そして、そう分かった時とほぼ同じ時期に「ノンセクシャル」

という言葉に出会ったのです。

返事をするということ

 その言葉に出会ったとき、世界の全ての色が鮮やかになりました。

自分はこの世の中にいてもいい存在なんだ、その証明がなされた瞬間でした。

そして、ようやく僕は、ゲイの彼の告白の返事をすることができたのです。

「僕はノンセクシャルだから、ごめんなさい」と言えたんです。

 意味としては「友達以上恋人未満」と同じかもしれない、でも相手にも誤解なく

伝えられたことに意味があったと思います。

 同じゲイだから相手も同じ考えなんだ、と知らずのうちに思い込んでいたのかも

しれません。同じ人間であるにも関わらず、違うことだらけであるというのに、

ゲイであるというだけで、同じなはずがないんです。それは、セクシャリティに

悩んでいるがために、セクシャリティを意識しすぎてしまっていたんですね。

 おそらく僕がノンセクシャルであることも、「好き」を意識し過ぎたがゆえに、

友達か恋人か、という考えしかできなくなっていたのだと思います。

 これまで、たくさんの苦労や苦い思いをしてきたにもかかわらず、

まだ人の痛みが分からない人間のままになるところでした。

そのことに、人生の中では比較的早く気づけたのは、僕の周りにいるみんなの

おかげだと思います。誰1人として必要でなかった人はいないと思います。

あの時いじめられたから、アウティングをされたから、フラれたから、

その1つ1つが経験として生きてくるんです。でも、このことに気づくまでの

代償は大きかったです。一度感情を失い、一度きりの思春期を無駄に過ごし、

たくさん周りの人を傷つけてしまいました。だからこそ、今伝えられる人に

感謝を伝え、誰にでも優しく出来るようになろうと決心しました。

 幸いなことに、片思いしていた彼もゲイの彼も、休部、退部をすることなく、

一緒に部活をすることができています。感謝を目いっぱい伝える機会がある、

それだけで僕はとても恵まれた環境にいるんだと感じます。

 もし、今叶わない恋をしていて、告白をするのか迷っている人がいるのなら、

僕からこの言葉を送りたいと思います。

 

 「恋人にはなれなくても、告白をすればその人の記憶に一生残せる。

だって同性から告白なんてそうそうないんだから。好きな人に自分のことを

一生覚えておいてくれる、それだけでなんだか嬉しくなるし、

勇気が出てこないかい?」

 

 もちろん告白をしないことも正解だと思います。

「悩むということは、どっちも正解だ」ということだと思いますから。