ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

ホモソーシャルとホモフォビア

 皆さんはホモソーシャルという言葉を聞いたことがありますか?

ホモはゲイという意味ではなく「同じ」という意味があります。

乳脂肪分を均一に調整した牛乳を「ホモジナイズド牛乳」と言いますよね。

ソーシャルは、英英辞典を引いてみると

relating to human society and its organization, or the quality

of people’s lives

(人の交流とその組織、もしくは人々の生活の質に関すること)

とあり、「社会」と訳されることが多いです。

(英英辞典についてはこちらの記事をどうぞ)

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 その言葉通り、ホモソーシャルとは同性間でのコミュニケーションを指す

言葉です。男同士、女同士それぞれに独特な付き合い方やルールがありますよね。

それを総称してホモソーシャルと言います。

 ホモソーシャルという名前から男性同士の関係のことだと思われがちですが、

女性同士の関係もホモソーシャルです。ただ、僕自身が男であることと、

男性のホモソーシャルのほうが特徴的だということから、男性のホモソーシャルを

メインに取り上げます。

 一般的には男女で結ばれることが多いため、異性というのはどうしても

扱いにくかったり、気を遣ったりしてしまいがちです。そのため思春期が

訪れる人が多い中学校からは、出席番号、座席、体育の授業、制服、

よく話す友達、休み時間一緒に過ごす人など、色々なところで男女を

区別するようになります。そのため同性同士で過ごす時間が長くなることが

多いです。男子校や女子校、男子と女子を区別する体育会系の部活にいた人は、

特にその傾向が強いと思います。

 話は少し変わるんですが、「ホモフォビア」という言葉は知っていますか?

「フォビア」は恐怖症、嫌悪感などを表す言葉です。高所恐怖症は英語で

「acrophobia」と言いますし、学校に行くのが怖いという心情を

「school phobia」と言います。ここでのホモはさっきの「同じ」という

意味ではなくホモセクシャルのホモです。

(ホモセクセクシャル自体が同じという意味のホモから来ていますが)

 ホモフォビアというのは同性愛に対する嫌悪感を指す言葉で、

特に男性に多いとされています。それは男性のホモソーシャルの仕組みが

大きくかかわっているからです。

 男性のホモソーシャルは、段階的、階層的になりがちです。

もともと男性自体が競争をする生き物であり、そのために地位、権力、才能を

求める傾向にあります。(あくまで傾向なので全員がそうだという訳ではないです)

 学校を思い浮かべてもらうとわかりやすいと思います。

足が速かったり、おもしろいことを言えたりする男子は、クラスの人気者に

なりますよね?頭がいい男子を他の男子が「がり勉だ!」「勉強ばっかりしても

意味がないぞ!」といじめるのは、自分にはない才能を相手が持っていて悔しい

からだと思います。

 もちろん才能がある人は、自然と上に行くことができますが、そうではない

人はたくさんいる平凡な階級に埋もれてしまうことになります。

才能を磨いて上に上がろうとする努力家もいますが、中には他人を蹴落とすことで

相対的に自分を上にしようとする人がいるんです。

 なよなよした男子や太っている男子、身長が低い男子が他の男子から

いじめられるのは、蹴落とす標的にしやすい特徴、コンプレックスがあるから

なんですね。そしてホモフォビアというのも、この誰かを下に落とす考えから

生み出されることがあります。ゲイである、トランスジェンダーであるということは、

それだけで標的にされやすいからですね。

 また、男は女を手に入れるべきであって、男と男が結ばれるなんて有り得ない

という考えも、ホモフォビアにつながります。この考え方は、女性を軽蔑した

考えである「ミソジニー」を伴うことも多いです。

 女は男に尽くすべきだという亭主関白の考えや、セクハラ、DVといった

パターナリズム(権力がある人が弱い人を従えるような関係)の根底には

男は女よりも上だという考えがあるのかもしれません。

 また、男性というのは基本的に、女性を「抱く」側の立場です。

世の中にはたくさんの女性が商品のように扱われており、アイドルのポスターや

水着姿のモデルが表紙の雑誌、エッチな本や動画など様々な形で女性を消費

しているのです。

 しかし、ゲイという存在が表れてしまうと自分が「抱かれる」可能性が

出てきてしまうのです。世の中に男性を消費するものはあまり存在していないため、

自分を消費されることが恐怖に感じるのです。

(BLという男性が消費される珍しいコンテンツが世の中にありますが)

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 極端な例ですが、ゲイに告白されたノンケが「自分をおかずに抜かれている

ことがとても嫌」と感じたという話を聞いたことがあります。

これは消費されることに慣れていないために、男を消費すること=抱く、襲う

勘違いしてしまった例です。

 男性はそれぞれに好きな女性のタイプがあると思います。そのため女性なら

誰でも好きになるということはないでしょう。ゲイもレズビアンも同じです。

それぞれに好きな男性、女性のタイプがあるので、男性だから、女性だからという

理由だけで好きになりません。

  ホモフォビアというものは、偏見や固定観念、知識不足が招くことが多いです。

また、ホモソーシャルの中で自分を下に見られたくないために、仕方なく

ホモフォビアを持っているかのように振る舞うということもあります。

 飲み会で男同士がキスすることをネタにしたり、とっても仲がいい友達同士を

ホモじゃねえの、とからかったりするのは、俺らはゲイじゃないよな?という

確認をするためなのです。ある意味今あるホモソーシャルが崩れないように

するための防衛反応なのかもしれません。

 ただやりすぎてしまうと自分たちの首を絞めることになります。

女性と仲良くすると恋人か?とからかわれ、男性と仲良くしても恋人か?と

からかわれてしまうからです。からかわれたくないと感じた人は、人と深く

関わらなくなってしまいます。(僕もその一人でした)

 ゲイにとってホモソーシャルというのは、友情と恋が同時に存在する

独特な場です。そのため、とても関係が難しんです。

(僕のケースを知りたい方はこちらから)

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 僕は、ゲイであってもノンケであっても、今一度ホモソーシャルを見直すべきだと

思います。人というのはどうしても、男か女か、友達か恋人か、というように

区別してしまいがちです。そのためノンケの人は、普段はあり得ないことだと

思っていながらも、仲がいい男同士の友達をホモだとからかうのだと思います。

 たとえ男同士であっても、恋人みたいに仲良くしていいんじゃないですか?

それだけ気を許した親友がいることは素敵なことだと思います。

 ゲイであれば、友達を好きになってしまうことがあるかもしれません。

その時は、友達と恋人を無理に分けずに、その人自身が好きだと考えるだけで

とても楽になります。セクシャリティにとらわれ過ぎないことが大切です。

 恋人を作ることも大切ですが、それ以上に友達を作ることは大切だと思います。

恋人は1人しか選べませんが、友達は何人でも作れるからです。

恋人に執着し過ぎず、ホモソーシャル、友情を見直してみると、また違ったものが

見えてくると思いますよ。