ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

4つの愛

 「愛」それは、古くから哲学のテーマとして取り上げられる

とっても難しいものです。日本では「恋愛」、英語では「LOVE」と

ひとまとめにされがちですが、じつは古代ギリシャ(ソクラテスとかプラトン

とかの時代)には4つの愛の形があったようです。

神への無償の愛であるアガペー、肉体的な性愛を表すエロース

家族愛、兄弟愛のストルゲー、深い友情である友愛のフィリアの4つです。

それぞれ僕なりに解釈をしていきたいと思います。

アガペーとは?

 4つの中で唯一、ピンと来ないのがアガペーだと思います。

これは「神からの無償の愛」と言われる、キリスト教における概念です。

神は分け隔てなく人間を愛するが、それによって神はなんら利益を

得ないことから無償の愛と呼ばれ、隣人愛、博愛、仏教の慈愛に

似たようなものだと思います。見返りを求めないことから、

自己犠牲の愛」と言われることもあり、英語ではLoveではなく、

charity(チャリティー)が訳にあてられることもあるようです。

 また、母性としての愛ともしばしば結び付けられるようで、

日本における母性信仰とも言うべき、「母親への期待」はアガペーといっても

良さそうな気がします。(母性信仰についてはいずれ記事にあげます)

 自らを省みずに弱者を助けた「マザーテレサ」のような聖人が持っているもの

としても、認識されているようです。

 そのため、人間が誰しも持っているとされるほかの3つに比べて、

アガペーだけが特別視されているようです。

エロースの解釈

 エロースというと、どうしてもエッチなこと、性欲のこと、とイメージしがち

ですが、別にそういうことだけを示すものではないです。

というのも、神が人間を作ったとされていたため、生殖という行為は

神の意思に従うとても神聖的な行為とされていました。

 だからこそ、快楽だけを求めた性行為、避妊をすること、子供を作ることが

できない同性愛などは、神に逆らうこととされ、禁じられていたんですね。

 そのため、エロースは本能的に男女が惹かれ合う感情という部分が大きく、

快楽を求める感情や、恋愛感情と切り離すために作られた概念だと思います。

 しかし、恋愛感情と性愛はなかなか切り離すことができないようで、

エロースの定義は、結構揺れていると思われます。

 例を挙げると、もともとエロースはギリシャ神話の神様の名前にも

なっていますが、恋心と性愛を司る神とされています。

ローマ神話では「恋のキューピット」でお馴染みのキューピットと

呼ばれており、恋愛感情と性愛は密接だと分かります。

 そもそもセクシャルマイノリティが存在していることが、必ずしも「男女」の

「本能的な性愛」だけではないことを物語っていると思います。

(昔はいなかったことにされていたのかもしれませんが……)

ある意味今の「恋愛」という言葉に一番近い概念かもしれませんね。

likeとlove

 よく友達と恋人の違いは「likeかloveかどうか」という話を聞きます。

同じ「好き」という感情であっても、その種類が違うんですね。

この分け方は、フィリアとエロースによって区別する方法だと思います。

確かに友達に性愛を向けるということは、あまり考えにくいし、

恋人であればエッチなことをしたいと思ってもおかしくありません。

 でも精神的な部分ではどうでしょうか?友達であっても、手をつなぎたいと

思うことはあります。ハグやほっぺにキスぐらいはすることもあります。

中にはプラトニックラブのように、恋人だけど精神的なつながりを大切に

する人もいます。やはり友達と恋人はとっても近いもの、

友達の延長線上に恋人があるのかもしれません。

www.life-amayadori.com

 友達、特に同性間の友達との関係はホモソーシャルと言われ、恋愛と

同じぐらい複雑で、大切な役割があるとされています。

ホモソーシャルについては、以下の記事に書いています。)

www.life-amayadori.com

 ほかにも、シェアハウスや友情婚といったフィリアに関する分野が、

近年見直されているようです。

結構特殊なストルゲー

 ストルゲー(家族愛)は結構特殊な愛で、アガペーとフィリアの中間の

ようなものだと思います。同じ血が流れている、同じ遺伝子を持っている、

そんなことをわざわざ調べなくても、「家族」や「兄弟」というだけで

一体感が生まれるんです。やはり、親子の間には子孫を残す本能的な感情が

あるのでしょうか。兄弟は共に助け合い、喧嘩し合い、競い合う親友に似たような

ものでフィリアとしての面もありそうです。家族同士で見返りを求めることは

あまりありませんし、ときには自分や他人を犠牲にしてでも家族を守ろうと

するため、ストルゲーはアガペーに勝ることもあるかもしれません。

(関係ないのですが、ストルゲーだけいつも名前をど忘れします……)

 心理学に「単純接触効果」というものがあります。これは何度も接する機会が

あると知らずのうちに好意を抱くようになるというものです。

家族はかなりの時間を共に過ごすため、より深く信頼が高まると思います。

 また、男女の友情は成立しないと言われますが、家族や兄弟に性愛を抱くことは

ありません。(絶対にないとは言い切れませんが……)

これは血が近い人同士が結ばれると、遺伝子的によくないことが起こるという

本能や経験則からだと思いますが、冷静に考えると不思議に思えてきます。

 マザコンやブラコンと呼ばれる人たちは、家族への思いを別の人に投射して

いるのかもしれませんね。

 

「好き」は「好き」のままでいいじゃん

 4つの愛についてそれなりに語りましたが、結論から言うと

わざわざ区別する必要はないと思います。ストルゲーがフィリアより

勝っている、なんて決められませんよね。

 「恋人と親友が同時に溺れていたらどっちを助ける?」という究極の質問が

ありますが、「好き」に優劣をつけるなんて寂しくないですか?

友達も恋人も大切だ、これじゃダメなんでしょうか?

(僕の場合は、なんでお前たちが一緒にいるんだよ、浮気か!と言います)

 友達以上恋人未満という言葉や、友達はたくさんいてもいいけど、

恋人は1人だけだから、という考えから恋人の方が愛が深いと勘違いされがちです。

でも、友達から得られるものと恋人から得られるものは同じではありません。

 だから「僕はあの人が好き」、それでいいと思います。

そうやって分け隔てなく好きになれる感情こそアガペーであり、

それはエロースもフィリアもストルゲーも、そこに含まれない愛も、

全てを含んで「人間を愛する」ことだと思います。

 ただなかなかできないからこそ、アガペーは特別視されて、できた人は聖人に

なれるんでしょうね。僕はキリスト教でもありませんし、聖書を詳しく読んだ

こともありませんが、もし僕の解釈があっているとしたら、アガペーというのは

とても素敵なことだと感じます。

 ただひとの数だけ違った解釈があると思うので、皆さんも僕の解釈を鵜吞みに

しないで、だけど参考にしつつ、ぜひ自分で考えてみてください。