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ロマンティックラブイデオロギー

 ロマンティックラブイデオロギーという言葉を聞いたことは

ありますか?イデオロギーというのは、社会や政治、哲学などに

対する考え方のことで、○○主義という言葉が付くことが多いです。

 ロマンティックラブというのは、いわゆる純愛のことであり、

「結婚した男女は、お互いを深く愛し合っており、生涯を共にする

かけがえのない相手である」という考え方のことです。

その性質を詳しく見ていきましょう。

結婚の意味

 そもそも、「結婚」というのは愛し合った人たちのゴールだ、という

イメージがありますが、実際はそれだけではありません。

結婚をすることによって、生活や財産、お互いの名義、苗字、

戸籍など様々なものを共有することになります。

 今でこそあまり聞かなくなりましたが、かつては家柄や身分というのは

絶大な力を持っていて、結婚はそれを覆す数少ないチャンスでもあったんです。

そのため、政略結婚やお見合い、許嫁といったことが当たり前のように

行われていました。

 また、結婚をすることによって法律的に家族になります。

正式に相続をできる権限を得たり、戸籍に家族と記されたりされます。

家族しか立ち会うことのできない病室、家族割といったお得なサービス、

名義を家族名義にすることで、家や車といった高額なローンが組めるようになる、

子供の親権を共有できるようになるなど、たくさんのメリットがあります。

 そして、結婚をすることにより社会から夫婦と認められるように

なります。結婚をすることで、生涯を共にする覚悟ができたとみなされるのです。

結婚をして一人前の大人になると考えている人も少なくはありません。

 結婚には愛し合った末にする以外にも、色々な要素があります。

これに対抗して現れたのが「ロマンティックラブ」の考え方です。

ロマンティックラブ

 ロマンティックラブは、様々な要素がある恋愛において、「愛が1番だ」

という考えです。かつてはお見合い、許嫁などによって「愛し合った上に

結ばれる」ということはなかなか認められませんでした。

 現代でも、結ばれることのない禁断の恋は、多くの人に共感を呼び、

憧れの対象になったり、魅力的に見えたりしますよね。

好きになるのに理由なんて要らない、好きになっちゃったら仕方がないという

言葉もなんとなくわかるような気がしますね。

 次第に、人は愛し合って結ばれることが素晴らしいんだ、

なんて素敵なんだという考えが浸透するようになってきました。

この考え方は、キリスト教の考え方が深くかかわっているとされています。

 キリスト教では、宗派にもよりますが、離婚が認められていなかったり

結婚する前に性行為をすることをタブーとしていたり、一夫一妻制で

浮気やポリアモニー(互いの合意の上で複数人の間で関係を持つこと)

認められていなかったりします。今の日本でも同じようなことが

理想だと言われていますよね。

 日本には、北村透谷という作家がこのキリスト教における恋愛観を

広めたとされています。また、初代文部大臣を務めた森有礼が、

「妻妾論」で一夫一婦制を説いていたりと、明治に大きく恋愛観が

変わっているようです。

ロマンティックラブと政治・社会

 ロマンティックラブというのは、恋愛、結婚、出産という

全ての過程において、「愛」がすべてだと言ってしまいます。

それは、最初に挙げたような結婚の複雑な役割を、愛という名のもとに

覆い隠してしまいます。

 お見合いや政略結婚の場合、恋愛感情というのは邪魔者扱いされて

しまいます。決まった結婚相手以外の人に恋をすれば、その結婚が

壊される危険があるからですね。

 この考え方を逆に考えると、愛し合った上で結婚したとなれば、

他の人には目移りすることがなくなり、とても強固なつながりとなります。

そのため「愛し合った男女が結婚をする」という考えであるロマンティック

ラブによって「結婚をした男女は、みな愛し合っている」という考えが

出てきました。それがたとえ政略結婚でもお見合いでも、一度結婚をすれば、

互いを愛し合っていると見なされてしまうのです。

 また、そもそもこのロマンティックラブの考えに、キリスト教の考えが

含まれており、なんとなく「愛は絶対だ」という信仰を感じます。

浮気をしてはいけない、離婚してはいけない、というよく考えて見るとどうして

ダメなんだろうということも、「愛している相手がいるから」という

愛の信仰によって説明できるようになります。

 こうして、お見合いや政略結婚であろうと、恋愛した上での結婚であろうと、

一度結ばれれば、「愛」によって固くつながることになります。

この安定したつながりは、安定した出産、育児につながるので、

国としてもとても助かるはずです。また、一夫一婦制であり、浮気もしないと

なれば、戸籍を作る労力が大きく減ります。文部大臣という国の組織である

森有礼が一夫一婦制を説いていたのも、偶然ではないように思えます。

 国民としては、自分が愛した人と結婚ができるという夢のような話であり、

戦後から徐々にお見合い結婚がなくなっていきました。今となっては

ほとんどが恋愛をしてから結婚という時代になりました。

(かわりに婚活やアプリがお見合いに変わるシステムになりつつありますが……)

ロマンティックラブはいつしか僕たちの当たり前になっていました。

ロマンティックラブの欠点

 しかし、ロマンティックラブが広まったことによって起こった弊害もあります。

まず、恋愛、結婚、出産において「愛」が全てである以上、その愛が

なくなってしまえば、つながりを保てなくなってしまいます

 かつては、自分の家の威厳のため、結婚相手の家族への忠誠心や信頼のため、

生まれてきた子供のため、自分の生活のためなど、様々なもので婚姻関係という

ものを縛られていました。しかし、ロマンティックラブによって、それらの

つながりよりも愛が大切と言ってしまったために、愛が失われると、

ためらいなく関係を断ち切ってしまうのです。近年の離婚率が増加しているのも、

偶然ではないでしょう。

 また、自分が愛した相手と結婚できるという「自由」が与えられてしまった

ことによって、かつては押し殺していた自分の意思というものが表面化しました。

 お見合い結婚の良いところは、容姿や環境にとらわれることなく、

家柄というコネによって、一定の出会いの場が得られるとともに、見ただけでは

分からない内面も見てもらう機会があるということです。

また、多少なりとも親からの圧力、家の威厳があるので、告白を受け入れて

くれる可能性も高くなります。

 その反面、偶然に運命の相手に出会い、惹かれ合って結ばれるというのは

憧れはしても、しょせん綺麗ごとに過ぎません。出会った人の内面も

知らないままに、見た目やその人の肩書き、財産、ステータスによって

切り捨てていくのが現状です。また、愛が全ての恋愛において、

付き合うか付き合わないかの基準は、その人が好きであるかどうかだけです。

これから好きになるかもしれないとしても、告白した時点で好きでなければ

結ばれないのです。未婚率の増加、晩婚化が進むのは、運命の結婚相手を

探し求めている人が多すぎることが原因だと思います。

 また、ロマンティックラブによって性的なことを切り離してしまったのも

大きな影響を与えました。告白を受け入れてもらって、晴れて恋人になった

あとにまずすることは、精神的につながることです。

(ゲイの場合は少々特殊ですが……)一緒にデートをしたり、手をつないだり、

多くの人がイチャイチャすると思います。そして、その終着点として

セックスがある、そんなイメージが定着しています。

 ただ、人によって、イチャイチャが好きだから今はまだ一緒にいるだけで

幸せという人もいれば、セックスこそがお互いの関係をもっとも近づける

ことだ、という人もいます。そのため、ただでさえ恥ずかしくて勇気がいる

夜のお誘いが、ますますしにくいものになってしまうと思います。

 最終的にはエッチをする、でも恋愛しているときは下心は見せてはいけない。

付き合ってからも、肉体的なつながりと精神的なつながりの両方を慎重に

見定める必要があり、体目当てだと思われれば「愛」がないと切り捨てられる。

このやりとりが、ノンセクシャルの僕からしたらとっても変に感じるんです。

 エッチしたいというのは愛があるからこそだと思っていたのですが、

そうではないんでしょうか?僕はやったこともやりたいと思ったこともないので

いまいちわからないんですが、体の相性というのは、かなり大事なことらしいです。

 「純愛を望んでいながらも、プラトニックラブは否定する」これが、

恋愛から結婚やセックスが切り離されていることを証左しているのでは

ないでしょうか?

www.life-amayadori.com

 「愛」によって恋愛観、結婚観を説くロマンティックラブイデオロギーは、

きっぱりといいものだ、悪いものだとは言えないでしょう。

ただ必要以上に「愛」にとらわれていないのかは気を付けた方がいいと思います。