ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

実家が辛かったという話

 新年そうそうなんですが、家族といるのがとにかく辛いんです…

半分愚痴というか、現実逃避も込めてブログを書いています。

中には不快に感じさせてしまう内容や分かり得ない考えもあるかと思います。

それでもかまわないという人だけ読んでください。

(本当はこんなものをネットにあげるって話なんですけど、どうしても

言いたかったので言わせていただきます)

 

 

 

 


 僕の両親は共働きで、家族団らんというものがあんまりなかったのは事実です。

ただ、僕はそれほど寂しいとは感じず、むしろ「家族がそろうこと=特別」という気が

します。その反面おじいちゃんおばあちゃん子でもあって、5歳ぐらいから一人で

お泊まりに行っていたぐらいです。

 そんな僕の家族ですが、かなり伝統や常識にうるさい人ばっかりで、お正月には

ガチのおせちが出てきますし、お屠蘇や初詣なども正しい作法で欠かさずやるような

家柄です。そのため、小さい頃から「一番風呂は最年長」、「毎日仏壇と神棚に

挨拶をしなさい」といった細かいことから、お箸や鉛筆の持ち方、言葉遣いや

礼儀作法までみっちりしつけられました。(大家族の本家であるのでなおさらです)

 もちろん、このしつけが将来社会に出てから、困らないようにするための

優しさであることは分かっています。ただ、そんな親の希望とは裏腹に僕は、

どこまでも自由を愛する人でした。(簡単にいえばマイペースです)

 小さい頃は疑い無く言うことを聞いていましが、成長するに従って、あらゆることに

対して疑いを持つようになりました。どうして親かすべてを決めようとするの?

どうして我慢してまでいい子を演じないといけないの?どうしてそれが正しいと

言えるの?次第に家族と接することが辛くなって来たのです。

 ただここまで育ててもらった恩義がありますし、親が言っていることに正しかった

こともたくさんありました。ただ、必要以上に干渉をされたくなく、僕の考えを

ねじ曲げてまで、常識を押し付けられたくないのです。

 僕の親は、みな大学までいった人がいないこともあって、社会の辛さは身に染みて

知っていると思います。その分必要以上に期待をされてしまうのです。

大学のことが分からないからこそ、期待することしかできないのかもしれません。

ただ、その期待はますます僕を縛り付けます。

しかも僕の頑張りは、家族の頑張り、一家の誇りのように扱われるだけで、

将来が楽しみだの、老後は安心だの、勝手に僕の将来を決めようとするのです。

 僕としては、家族というのは「学校の恩師」みたいなものです。感謝はしている

けれど、卒業したあとまで干渉しないでほしいのです。そしていつまでも子供のまま

ではなく、成長した大人として扱ってほしいのです。

 ただ親としてはいつまでも息子、孫であることは変わらないため、いつまでも

口うるさく言ってくるのでしょう。そして、予測できない未来ではなく、

確かに存在した過去ばかりを振り返ります。

 「あの時こうだった」「こんなこともあったね」「やっぱり若い頃のお父さんに

そっくりだね」、親としては楽しい昔話も、僕にとっては親と比較される場、過去を

蒸し返される場、何度も繰り返し聞かされる場でしかないのです。恥と嫉妬と苛立ち

しかありません。

 そして、人生の先輩として様々なアドバイスらしきものを、耳がいたくなるほど

聞かされるのですが、それを取り入れるかどうかは僕次第です。しかし、無視すれ

「親のいうことが聞けないのか?」と言われ、聞き入れれば「いつまでも子供じゃ

ない」と言われます。正直ほっといてくれと思います。

 しかも、もっと詳しく大学で勉強したよ、それ何度も聞かされたよ、

それ間違えているよ、という内容まで言われます。これは親としての

プライドがあるのでしょう。「なんでも知ってるんだそ、親の言うことは聞いて

おけよ」という自信に満ち溢れています。ただ口答えすると、「勉強ばかりしても

無駄だ、世間を知れ」と怒られるので面倒です。

 そして、親は「男女の夫婦」です。愛し合っていると言わんばかりに、

イチャイチャして、それを親戚みんながほほえましく眺める。そんな家族、親戚の

団らんがたまらなく嫌なのです。(見ていて恥ずかしいという気持ちと、生々しさを

感じさせて気持ち悪いという気持ちが半々ですね)しかも、それが理想だと言わん

ばかりに、「いいお嫁さん貰え」だの「恋人はいるだろ」と言われます。

 もちろん僕がカミングアウトしていないので、多少は仕方ないと思います。

でも、セクシャルマイノリティでなくとも、親としての今の姿やこれまでの恋愛を、

理想だからと子供に押し付けるのは気持ちがいいものではないですし、あれこれ

干渉されるのは嫌だと思います。しかも無自覚なホモフォビアや、偏見だらけの

言葉が混ざっているので、心を握りつぶされるような感覚です。

 しかも、「結婚しないなんてありえない」「晩婚化は良くない」「同性婚が理解

できない」と、わざわざ聞いてもいない意見を勝手に述べたあげく、この気持ち

分かるよね?と圧をかけてくるのは、ある意味パワハラやセクハラに似たものを

感じます。それでもって、パワハラやセクハラと訴えてくるやつは面倒だ、

今の社会はおかしくなっている、とまるで他人事のように話しています。

 別に僕自身は親の生き方や考えを否定はしません。ただ、僕と親の間に溝がある

ことは事実です。だからこそ別の世界で生きたほうが、互いのためだと感じます。

にもかかわらず、僕を引きずり込んで自分の手が届くところに置こうとしている

ように感じます。それが「いい子」であり、「理想の息子」であるのでしょう。

 これからどうなるのかは分かりませんが、僕としては自分のため家族の縁を

切ることも辞さない覚悟です。ただ、今はまだ親から完全に自立できていないために、

耐えているしかありません。もちろんカミングアウトは、当分はするつもりは

ありません。

 今までずっと我慢をしてきて、一人暮らしという自由を一度得てしまったがゆえに

今こうしてモヤモヤしているのだと思います。また大学に行って、カミングアウトを

初めてしたことも大きいです。自由の素晴らしさを実感して、我慢する以外の選択肢を

自分で作れるようになったからです。(カミングアウトによって、もう一度思春期が

来たようにも感じます)

 ある意味で、親にとっての「理想の子供の姿」を押し付けられているのでしょう。

それを今までは受け入れていたけれど、自分の中で新たな理想の自分の姿を

見つけたことで、なおさら窮屈に感じるのかもしれません。実家にいるときは、

犬小屋に入れられたような窮屈さを感じます。見知らぬ旅館やホテルに泊まっている

感覚です。僕にとって安らぐ場所は、実家ではなく一人暮らしをしている部屋に

移ってしまったのでしょう。

 ここで思いをぶちまけても、家族の対応は変わってくれません。ただ、いつかは

この記事を見せることが来るかもしれません。(僕はそれを望みませんが…)

今のモヤモヤを文字として残し、同じような思いをした未来の自分の味方にする、

考えが変わった未来の自分が、過去を省みる材料にする、そして僕以外に

同じような思いを抱えた人へのメッセージにしたいと思います。

一年の始まりである正月だからこそ、後ろではなく前をみたいと感じたのでした。