ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

紙の本が好き

 僕は、本が好きです。詳しく言えば「紙の本」が好きです。さらに詳しく言えば

「自分の持ち物である紙の本」が好きです。というのも、借りた本というのは

借りた洋服を着ている気分になって、「汚さないかな、折り曲がらないかな、

いつ返そうかな、早く読まないと、読み返したくなった時どうしよう……」と

なって集中できないです。

 そのため、図書館で本を借りることはほとんどせずに、図書館に本を自分で

持ち込んで本を読むことが多いです。変な人だとよく言われますが、僕のこだわり

です。カズレーザーさんでしたっけ?「本を読み返すよりも、誰かに譲ってあげたい。

読みたくなったらまた買えばいい。そのほうが作者さんにお金が入るから」という

考えに感銘を受けたのもあります。

 図書館で読めば無料だけど、それだと作者に申し訳なく感じますし、

なにより記憶に残らないかなと思います。僕の中で「本を読む」という行為は、

本を探すところから始まると思っています。読みたいと思った本を、

自分の足で歩いて、自分の目で探して、自分の手に取るあの感覚が好きなんです。

また、何気なく本屋さんに行って、ふと目にとまった本を手に取って、読んでみたいと

思って買ってみる、というのが「運命の出会い」のような気がします。

 もし本屋に行ってほしい本がなかったら「縁がなかったんだ」とまた他の本屋さんに

探しに行く。それでもなかったらまた別の日に赴く。そして忘れかけた頃に再会して

おもわず買ってしまう。なんだか恋人や親友を探しに行っているみたいな感じですね。

 もちろんどうしても欲しい時はアマゾンで注文しますが、できるなら本屋さんで

注文したいです。どのような方法で手に入れたとしてもその本を読めることには

違いありません。人によってはネットで注文したり、電子書籍のほうが安くて早くで

楽ちんだと言うかもしれません。

 でも、苦労した分だけ思いがこもるのです。この本は発売日に走って買ったな、

この本は雨の日になんとなく寄ったブックオフで買ったな、この本は友達に紹介

されて、買ってしまった本だな、というように本という形で「思い出をアルバム」

にしているのかもしれません。

 ネットで注文すればたくさんある商品の中の1つですが、自分の手で赴いて

買ったものは世界に1つしかないんです。最近はネットショッピング、電子書籍、

大型ショッピングモールの影響で本屋さんが売れていないそうです。

本屋だけでなく、おもちゃ屋さん、ゲーム屋さん、ケーキ屋さん、花屋さん、

スポーツ用品店といった「専門店」や「○○屋」がないがしろにされがちです。

 「安さ」だけが全てですか?お金で買えないものもたくさんありますよ。

「早さ」だけが欲しいですか?早く手に入れたものは早く捨ててしまいますよ。

「楽ちん」であればそれでよいのですか?ネットで注文すれば、それを運ぶ人、

商品を管理する人、たった1分遅れただけで怒られる人がいるんですよ。

名前も知らない他人に苦労を押し付けるよりも、自分でその苦労を思い出にしたほうが

ずっと優しい世界だと思いませんか?

 また紙の本が高いのは一生分のお金を払うからです。一度買ってしまえば

いつでも読み返せますし、充電を気にすることも本がすり減ってなくなることも

気にしなくていいです。その本を他の人と簡単に共有することも出来ますし、

付箋を貼ったり、マーカーを付けたり、文字を書き残したりも出来ます。

ある意味その本を「自由に使える権利」を買えるのです。

電子書籍が額縁に入った絵ならば、紙の本はスケッチブックに描かれた絵だと

思います。紙の本には自分が入り込む余白がたくさんあるんですね。

 また、紙の本はどこまでもアナログです。残りのページ数を目で見て、手で触れて

感じ取れます。表紙も一つ一つ個性があります。まったく同じ本であっても、

紙の感触、本のにおい、付いている折れ目などが違っているのです。

紙の本は全身を使って本を楽しめるのです。これはインスタントのコーヒーと

豆から挽いたコーヒーぐらい違うと思います。もちろんインスタントの手軽さも

魅力ですが、やっぱり本物のコーヒーには見劣りしがちでしょう。

 物語のクライマックスで、残り少なくなってきたページをめくる高揚感と切なさは、

紙じゃないと味わえないですね。読み終えた最後の1ページをそっと閉じたくなる

満足感や、読み返したときのたくさんページがある充実感も、アナログだからこそ

だと思います。

 この記事を読んでちょっとでも紙の本の良さがわかってもらえたのなら嬉しいです。