ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

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スピッツの「桃」を徹底分析!

 昨日僕がスピッツにハマってCDを買ったことを記事にしました。

www.life-amayadori.com

その「さざなみCD」というアルバムの中にある「桃」という曲が

大好きすぎて、この曲がyoutubeにちゃんとした音源としてなかったのが

このCDを買った本当の理由でもあるぐらい大好きです。

 今回(残念ながら)あまり知られていないこの「桃」という曲を、歌詞、

コード進行、メロディーラインなど色々な視点から分析したいと思います。

なお解釈は人によって異なるので、あくまで参考程度でお願いします。

(youtubeにあったやつです。良かったら実際に曲を聞きながら読んでみてください)

www.youtube.com

歌詞 

切れた電球を今 取り替えれば明るく

桃の唇 初めて色になる

 まず、出だしの歌詞ですがここはいわゆる「一目惚れ」を表していると思います。

「切れた」は失恋したから、「電球」が恋する相手と捉えると、

新たな「電球」に取り替えることで、再び前に進めるようになったという意味

でしょうか?ただ、桃の唇は「初めて」色になっているんですよね。

人生で初めてうまくいった恋、人生で初めてキスをした、人生で初めてエッチをした、

色々な解釈ができると思います。

 ちなみにこの曲名にもなっている「」はここの一回しか出てこないのですが、

花言葉に「あなたのとりこ」という意味があるそうですね。そこからもなんとなく

恋をしている描写と分かると思います。

 また、「桃源郷」という言葉があるように、桃は神聖なものでもあります。

桃源郷は「俗世を離れた楽園」といった意味があり、その恋の相手と出会ったことで、

この世界に色がついて見えるようになった、もしくは恋の相手は触れることすら

できない神聖なもの、という解釈もできるのかなと思いました。

好きな人ほど触るのが怖かったり、エッチをしたくないって人も結構いますよね。

たった2行の歌詞から、人物の心情や性格もなんとなくわかるのは、さすがスピッツ

だなと思います。

つかまえたその手を 離すことはない

永遠という戯言(たわごと)に溺れて

 この曲はAメロ→サビになっていて、初めて聞いた時はあっという間に1番が

終わってしまいますよね。さて、サビの歌詞ですが、これはもう恋の相手と

結ばれていますね。「ずっと一緒だよ」という幸せいっぱいのカップルが

永遠の恋を誓っているのですが、引っかかるのが「戯言」ですね。

戯言は「いいかげんな言葉、馬鹿げた言葉」という意味があり、

この永遠はあくまで理想でしかない、でもそれでも嚙みしめる(溺れている)

ですね。恋は盲目というように、溺れるかのように愛し合っているのかもしれません。

何もなかったよ 巡り会えた理由(わけ)など

やっと始まる 窓辺から飛び立つ

 順風満帆なカップルがすることと言えば、そうプロポーズ、そして結婚ですよね。

巡り会えた理由を聞かれているのは、結婚式をしているからじゃないかと思いました。

「これと言って何もないけれど、お互いになぜか惹かれ合った、やっぱりあの人は

運命の相手だったんだ」というセリフが聞こえてきそうな歌詞ですね。

 そして、ここの歌詞は何よりも「窓辺から飛び立つ」の解釈だと思います。

先に2番のサビの歌詞を見てみましょう。

ありがちなドラマをなぞっていただけ

あの日々にはもう二度と戻れない

 あの日に戻れないと言っているので、おそらく別れた、亡くなった、病気になった

というように恋の相手となにかあったのだろうと思います。その直前が

「ありがちなドラマをなぞっていただけ」なので、僕は二人の間で思い浮かべた

家族観、将来設計にずれがあったのかなと思いました。

 「男が仕事、女は子育て」「子供は2人欲しいよな」「家は立派なものを建てたい」

そういった「ありがちなドラマ」に憧れていたが、相手はそんなものを望んで

いなかった。だから2人は別々の方向に行ってしまったのでしょう。

 そう考えると、「やっと始まる 窓辺から飛び立つ」という歌詞は、

そのまま飛び降り自殺をしたという意味でも通じますが、「清水の舞台から

飛び降りる」と同じように人生において重大な決断をした、と捉えられるかなと

思います。転勤、出産、家を買う、離婚、家出、自殺、「やっと始まる」には

色んな解釈の幅がありますね。

他人(ひと)が見ればきっと 笑い飛ばすような 

よれよれの幸せを追いかけて

 幸せだった毎日を失ってみて初めて分かった「よれよれの幸せ」、

たとえ人に笑われるようなちっぽけなものであっても幸せなんだよ、という

切ない歌詞ですね。ここで永遠というのが戯言だったと実感したのかもしれません。

幸せというプラスの言葉に「よれよれ」という言葉をくっつけるのが何とも言えない

味を出していますね。「よれよれ」という言葉は、どこか月日の流れも感じさせつつ、

色あせない過去であり続ける絶妙な言葉だと思います。

柔らかな気持ちになった

甘い香りにつつまれ

 「つかまえた手を離さない」と恋に執着していたけれど、手放してみれば気持ちが

軽くなった、と言っているような気がします。また甘い香りがなんの香りなのかは

言っていませんが、僕は桃の香りなんじゃないかと思います。

 桃には悪魔や邪気を払う力があるとされていて、今まで抱えていた気持ちを

吐き出すことが出来たというのを、桃の香りで表しているのかなと思いました。

 また桃といえば甘酸っぱいというイメージがありますが、月日がたったことで

苦しかったあの頃や、苦い過去も甘酸っぱいいい思い出になったと思えるように

なったのかも知れませんね。

つかまえたその手を 離すことはない

永遠という戯言に溺れて

他人(ひと)が見ればきっと 笑い飛ばすような

よれよれの幸せを追いかけて

  最後はサビのリフレインになるのですが、ここはおそらく今までを思い返しているの

でしょう。もしかしたら走馬灯のように、死ぬ直前に見ていた夢なのかもしれないとも

思いました。ただ、2番のサビの歌詞「ありがちなドラマをなぞっていただけ

あの日々にはもう二度と戻れない」という部分は使われていません。

 今自分の中にあるものは、楽しかった最初の頃の思い出と、今自分の中にある

感情の2つだけで、苦しかった頃の記憶に未練はないのでしょう。

 そして、「永遠という戯言」と「よれよれの幸せ」が対比されるところが

とにかく切ないですね。この曲は人の一生を描いた壮大なドキュメントのような

深さがあります。それを「桃」という一文字の曲名で表現してしまうそのセンスが

本当に素敵だと思います!

 

コード進行

 この曲のコードですが、なんと6個の和音しか使っていないんです!

それもⅠ、Ⅳ、Ⅴの和声の基礎3音とその平行調というクラシックもびっくりな

シンプルさですね。ただ、そのシンプルの中に細かな気づかいやテクニックが

詰まっているのです。(音楽の基礎についてはこちら)

 ただ、僕がコード進行オタクということもあり、音楽経験者でも理解しにくい

ところがあるかもしれません。へえ~ぐらいの気持ちで見てください♪

イントロ~Aメロ

|D♭△7|A♭|E♭|Fm|D♭△7……(以下サビまでずっと繰り返し)

|切れ|た電|球をい|ま|

|取りか|えればあ|かる|く|

|桃|のく|ちび|る|

|初め|て色に|なる(E♭)|

  この曲は最初に6個の和音しか使われていないと説明しましたが、

その正体は「循環コード」にあります。ただ、この曲はよくある循環コードとは

少し違ったところがあります。まず、有名な循環コードである「1625」でも

「逆循環」でもないんです。とりあえず、進行を度数表示にしてみると、

Ⅳ△7→Ⅰ→Ⅴ→Ⅵm(D△7→A♭→E♭→Fm)

 となります。ⅣはⅡと変える(平行調)ことができますが、それでも

「1625」もしくは逆循環である「2516」とはなりません。

 この進行は、大きく捉えたⅠ→Ⅴ→Ⅰと見るべきかなと思います。

Ⅾ♭△7は構成音がⅮ♭、F、A♭、Cとなっており、見方によっては「Fm on Ⅾ♭」と

見ることもできます。FmとA♭は平行調であるため、全て変形させると

A♭on Ⅾ♭→A♭→E♭→A♭(Ⅰ→Ⅰ→Ⅴ→Ⅰ)

となりますね。これを元に、A♭の平行調であるFmを用いて変形させたと考えると

わかりやすいと思います。つまり、最後のFmというのは偽終止になるわけですね。

  また、Aメロのメロディーラインは、「C」を連発していますね。

(「切れた電球を」「桃のくち」の部分ですね)そのため、E♭をCm7と見ることも

できます。そうすると、Cm7→Fmのドミナントモーションが生まれるため、

そこまで偽終止感がないように感じます。しかしその後の部分

(「明る」、色に「なる」の部分)ではE♭のコード中でA♭の音が伸ばされており、

ドミナントに従ってA♭に進むかと思ったらFmだったという裏切りが強調されていて、

同じ循環なのにメロディーライン1つで全く違った表情を見せているんです。

 また、メロディーの和声内での主な音が

「7→3→(Cmとして見て)1→3→9(倚音)→1→4→3」となっており、

(7)切れ(3)た電(1)球を今(3)(9)取り替(1)えれば明(4)るく(3)

というように、C連発の終着点が1音、音が上がった最高点が1音、

基本は3音7音9音といった不安定な音が多い、というようにメロディーが

和音の上にしっかり乗っかっているんですね。地味なようでとても大切な要素で、

メロディーが1音、5音ばかりだと面白みがなく、3音7音ばかりだと落ち着かなく

なるので、とても緩急のバランスがとれた配置になっていると思います。

サビ

|Fm|B♭m7|E♭|A♭|

|つか|まえ|たその|手を|

 

|E♭|C7|Fm| 

|離すこ|とは|ない|

 

 |B♭m7|E♭|C7onE|Fm|Ⅾ♭△7|E♭|A♭|

|永遠と|いう|戯言|にお|ぼ|れ|て|

 サビはイントロから何度も繰り返してきた「D♭△7→A♭→E♭→Fm」という流れを

壊して、D♭△7ではなくB♭m7になっています。Aメロからサビに進むことを

知らない人は、なおさら裏切られた感があると思います。

 その後はB♭→E♭→A♭と4度進行を繋げて、裏切りによって開放したパワーを

維持していきます。また、E♭の後に偽終止のFmではなくA♭が来るのは、

曲の中ではここが最初であり、そもそもトニックであるA♭が出てくるのもここが

最初なんですよね。このトニックの欠如と偽終止によるFmの多用が、夢の中に

いるような浮遊感を生み出しているんですね。

  ただ、このA♭で一息ついたかと思いきや、すぐさまE♭→C7→Fmという

ツーファイブが続きます。しかもCm7ではなくC7となっているところがポイント

です。このC7というのは、A♭の平行調であるFmのハーモニックマイナースケール

もしくはメロディックマイナースケールに出てくる臨時記号によって、

E♭がEに変化したものです。このように、本来の調性で出てこないコードを

ノンダイヤトニックコードと呼び、主に平行調(特に短調)からの借用和音、

代理コードであることが多いです。(ちなみに先ほどから何度も出てきている、

平行調に置き換えるというのも借用和音、代理コードの一種ですね)

 ここにあるはずのないC7が来ることで、テンションをさらに高めます。

また、Cm7よりもC7のほうがドミナントとしてもパワーが強いので、

推進力も高まるんですね。というのもドミナントの推進力は、3rdと7thによる

増4度(トライトーン:別名悪魔の和音)という不協和音が解決することで生まれ

ます。マイナーコードでは、3rdに♭がつくため、この増4度が存在せず、

7thのクリシェ(半音進行)だけになるので、ドミナントとしての役割が

薄くなるんですね。

  またメロディーラインの跳躍なのですが、「つかまえた」がオクターブだった

のに対して「離すこと」は6度の跳躍になっています。6度は転回すると3度なので、

不安定で力強い印象を与えます。そこからのC7なので、ますますぐっと来るんですね。

 その後、Fm→ B♭m7→E♭→C7onE→Fmと4度進行を畳みかけていますね。

また、C7はonEの形にすることで、ベースラインがE♭→E→Fと半音ずつ上がる形に

なり、よりテンションが高まっていくように感じます。

 また、メロディーラインには「永遠という」の「う」で先ほど説明した

ノンダイヤトニックコードである「E」の音が出てきます。先ほどは裏のハーモニー

にしか使われていなかった「E」の音が前面に出てくることで、テンションが

高まります。加えて、E♭がEになることで、跳躍が長3度から短3度になり、

より緊迫した印象を与えます。主なメロディーラインが緩やかな下降であるだけに、

跳躍の部分が曲のテンションを強く反映してきますね。

 また、「戯言に」の「と」でこの曲の最高音であるB♭が登場します。

A♭とB♭は長2度なので、限界を超えて吹っ切れたような印象を与えますね。

 このB♭はC7の7音であり、テンションコードとしてパワーを持っています。

そして、本来B♭→Aに解決するところがB♭→A♭となることで、行きたいところに

進めないもどかしさや切なさが生まれるんですね。しかもこのFmはA♭と平行調で

あり、トニックのような終止感がありながらも、マイナーコードの絶望感や

じれったさみたいなのが出ていますね。

 そして、最後はFm→Ⅾ♭△7→E♭→A♭といういわゆるⅠ→Ⅳ→Ⅴ

(ⅠであるA♭が、平行調のFmをさらに変形させたⅮ♭△7になっています)

という素直な進行で、かすかな希望やぬくもりを残したまま、すうっと終止します。

E♭→A♭に偽終止しないのは、こことサビの最初のところだけで、それ以外は

ことごとくFmに偽終止しているので、この最後の安心感というのが強調されて

いますね。この最後の素直さが、ドロドロしないさわやかさを出しているのでしょう。

間奏前

|Fm|Cm7|Ⅾ♭|A♭|

|やわらか|な気持ち|になっ|た|

 

|Fm|Cm7|Ⅾ♭|E♭| 

|甘いか|おりにつ|つまれ

 この部分では冒頭のアルペジオのリズムではなく、4ビートになっています。

また、C7ではなくCm7、Ⅾ♭△7ではなくⅮ♭になっていて、今までとは違う

雰囲気になっていますね。 ここのコード進行は、理論的にというよりは

メロディーラインに合わせて当てはめたという印象です。

 というのも「やわ」と「な気」という、コードが変った歌いだしが共に

半音になっており、メロディーラインもA♭の音階をオクターブ下って6度上がる、

再びオクターブ下って、次は6度ではなくオクターブ上がる、という

サビの跳躍とは逆になっていますね。(サビはオクターブ→6度でしたね)

 音がさがっていくメロディーラインとは逆に、ベースラインは

「C→Ⅾ♭→E♭」と上がっていっていますね。一回目は「Ⅾ♭→A♭」にいくことで

少しフェイントをかけているのかもしれません。

 こういった下降に対して上昇、メロディーが伸ばしているところはベースに動きを

といったカウンターラインがとても綺麗ですね。何回もこの曲を聞くうちに、

ベースの動きがとてもいい味を出していたり、ドラムのビート感の変化が曲全体の

雰囲気をつくっていたり、ボーカルだけではない良さが見えてきます。

 この部分があるからこそ、特徴的なアルペジオや、サビのリフレインに

メリハリが生まれるのだと思います。

 また、この曲の一番最後はベースやドラムがフェードアウトする中で、

ギターの音だけがこだまするような形で終わります。

 これは、心臓の音(病院で脈の数とかをはかるやつ)もしくは頭の中で響いている音

のように思えます。歌詞のところでも言いましたが、この曲は一人の人生を

描いていると思います。だから曲の最後の部分は、ベットの上で亡くなってしまう

その僅かな瞬間をとらえているのかなと思います。そうだとすると

「永遠という戯言」という言葉がますます深い意味になってくるかと思います。

「よれよれの幸せ」というのも、どこか年齢を感じさせますし、

「やわらかな気持ちになった」や「甘い香りにつつまれ」という部分も、

最期を悟ったかのようにも思えてきますね。

 何度も繰り返される冒頭のアルペジオですが、最初はみずみずしさを感じるのに

最期では切なさを感じる、そんな不思議な力がありますね。コードは変わらないけれど

違った印象に聞こえるのは、この曲を聞いている僕たちの気持ちが絶えず変化

し続けるからなのでしょう。

 この曲に対する熱意が高ぶったせいで、ものすごく長い記事になってしまい

ましたが、この曲の良さが少しでも伝われば嬉しいです。

また、この曲の解説について説明を省いた部分(主に音楽理論の部分)については、

また別の記事にしたいと思います。