ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

「好きと得意」「嫌いと苦手」の違い

  僕は、法学部ですが「法律」というものが「嫌い」です。

ただ、法学的な理論立てた考え方は「得意」です。

 また、僕は数学や理科が「好き」です。

でも、僕は理系科目が「苦手」で、結局文転(理系→文系)しています。

(詳しくは以下の記事で)

www.life-amayadori.com

 何を言いたいのかというと、「好き」と「得意」は必ずしも一致しない

ということです。

 よく「飛行機が好きだから航空の仕事に就職したい」という人や、

「本を読むことが好きだから文学部に進学したい」という人がいます。

もちろん「好き」と「得意」が一致していれば、天職と言えると思いますし、

「好き」なことは、多少苦しくても頑張ることができると思います。

 ただ、「好き」だからといって必ずしも「得意」になる必要はないと思います。

例えば、僕は音楽理論を考えるのが「好き」なのですが、実はピアノはほとんど

弾けません。(コード進行オタクを発揮した記事はこちらから)

www.life-amayadori.com

 また周りの人からはよく「それだけ知識あるなら曲作ればいいじゃん!」と

言われますが、僕は作曲が「苦手」なのです。というよりは曲を作りたいとは

あまり思わないんです。

 また、僕はトランペットを吹いていますが、実はトランペットのことが「嫌い」

なんです。本当はホルンを吹きたいのに、といつも思いながらトランペットを

吹いています。不思議なことに、嫌いであっても技術は伸びていくものですね。

 世の中では、知らずのうちに「得意なんだから大好きなんだね」とか「嫌いなら

無理してやらなくていいよ」という思い込みをしている人が多いように感じます。

勉強や就活に関して言えば、小さい頃から「テスト」という形で成績を点数化

されてきたからかもしれません。

 僕の数学が好きなところは、答えを出す方法を自分で「試行錯誤する過程」です。

もちろん公式を覚えて、それを使った方が効率的で、確実に正解を出すことが

できるでしょう。でも、自分でどういう公式なのかわからないまま問題を

解いていると、まさに答えを出すための「作業」にしかならないんです。

 たとえ時間がかかってでも、自分の手でマメにコツコツ計算を重ねて、答えを

導きだしたほうが、何倍も達成感があって、なにより「自分で解けた」という

自信がつくと思います。(公文に通っていた影響もあると思いますね)

 でも学校の授業やテストでは「制限時間」があり、そして「正解か不正解か」が

重視されます。言うなれば「いかに早く正確に処理をするのか」という機械みたいな

ことをやらせられるんです。それよりも、こんな解き方もあるよね、こうした方が

分かりやすいかも、という「過程」にこそ個性が出て、人間らしさがあると

思うんですよ。だからこそ、僕は数学が「好き」で「苦手」なんだと思います。

 理科も同じような感じです。調べれば出てくるような知識や公式をわざわざ

覚えることが「嫌い」でした。そして何より、教科書には「必ずこうである」という

ことしか書かれていないんですね。

 「水は100℃で沸騰して水蒸気になり、0℃で氷になる」、これを聞いて僕は

「100℃になったら水蒸気、0℃になったら氷になるのか」と思い込んでいました。

でも実際はそうではないんですね。

 例えば、洗濯物が乾くのは服にあった水分が蒸発しているからですね。

ということは、「100℃じゃなくても水蒸気になるんだ」という気づきがあります。

また、氷点下であっても凍っていない水たまりがあったり、そもそも海は氷点下であっ

てもなかなか凍りませんよね。このように、水に何かが溶けていると、

0℃で凍りません。むしろ真水なんて日常にほとんどないと思います。

 また、「水蒸気は水が蒸発したもの」だから、お風呂の湯気は水蒸気だと思って

いました。でも本当の水蒸気は目に見えないので、湯気は水蒸気ではないみたい

ですね。(小さな水が浮いているらしいです。雨とか霧みたいな感じですね)

 小学生で習うようなことですが、これらに気づいたのは大学に入ってからでした。

(案外周りの大学生でも、同じような思い込みをしているひとが多かったです)

もちろん「洗濯物が乾く」というのは「衣類の繊維は何?気温はどのくらい?

アパートだったら何階?湿度はどれくらい?日当たりは?」みたいに不確定な要素が

多すぎて教科書には書けないんだと思います。

 でも、分かりきった事実ばかりをつらつら書くよりも、「原理はわからないけれど、

こんな現象があるんだ」とか「こんな実験をしてみたらどうかな?」みたいなことを

書いてくれた方が、ずっと理科の勉強が面白くなると思います。

 むしろ「好き」という感情は、そういった知的好奇心からやってくるものだと

思います。その「好き」がいつの間にか「得意」につながるのではないでしょうか?

 今の教育、就活の様子からは「あなたの得意はなんですか?」「これができるように

なりましょう」という「得意」の部分ばかりに執着しているように感じます。

無理やり「得意」であろうとしているようにも感じます。

 どんなに熱意があったとしても、入試でいい点を取れなければ入学できませんし、

熱意だけでは就活を乗り越えられない現状があります。それどころか、英検、

トーイック、運転免許、大学の単位といった「資格」「成績」「実績」を持った

いわゆる「即戦力」が優遇されているのが現状です。

 実際に僕の大学でも、「卒論がないから」「公務員試験の対策になるから」

「友達と一緒だから」という理由でゼミや研究室を決める人が結構いて、

「この分野に興味があるから」「この先生の元で学びたい」という人は、

色物扱いされることがあります。

 大学ですら高校の延長線上になっていて、就職のため、資格を取るための場に

成り下がってしまっているんですね。ただ、大学生というのは、社会にでてから

人生の中で40~50年働きます。こうやって自分が「好き」なことを学べる機会なんて

もうないと言っていいぐらい少ないです。

 僕は、社会の勉強をするのは就職してからでも遅くないのかなと思います。

むしろ「転職」や「大学院」も視野に入れて進路を決めようと思っています。

その結果、就活で苦しむなら本望だと思います。(きれいごとではありますけどね)

「人と同じ道を歩くぐらいなら、自分でいばらの道を選ぶ」、その方が人生面白いと

思います。何よりも「得意」なことを続けるよりも、「好き」なことを続ける方が

楽しいと思いますし、「嫌い」なことを頑張るよりも、「苦手」なことを頑張った

ほうが自分の成長につながると思います。

「好き=得意」にこだわらない生き方をしたいなと思います。