ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

レジの店員さんと「下心」

 買い物に行くと、レジに並んで会計をしますが、皆さんは何を基準に列を

選びますか?あまり並んでいない列を選んだり、前の人の買い物かごが少ない列、

顔見知りが働いているかなど色んな基準があります。(僕は、爆買いしたプリンを

友達に一つ一つ読み上げられながらレジを打たれて以来、レジに知り合いがいるのは

結構なトラウマです。恥ずかしい(*ノωノ))

 最近はセルフレジも増えてきましたが、まだまだ店員さんがいるレジが多いですね。

そんなレジの店員ですが、カッコイイと思った店員さんがいるとついそのレジに

並びたくなりませんか?その人のレジが混んでいたら避けますが、たまたま

空いていて、カッコイイ人に接客してもらえると、「買い物の金額が1000円ピッタリ」

とか「お釣りが777円だった」みたいなプチハッピーが得られますよね。

 これって僕だけなのかなと思っていたら、案外多いみたいで、「男性はかわいい

店員さんの列に並びたくなる」という話が結構出てきました。なんだかんだ言って

ゲイであろうとノンケであろうと、男子であることには変わりないんですね。

 こういう「かわいい店員さんのレジに並ぼう」みたいなのをよく「下心」と

言いますが、なんで「下心」って言うんですかね?そう思って辞書で調べてみると、

下心の本来の意味は「本音、本心、隠している思い」という意味らしいです。

 「下」という字は、「服の下にカイロを貼る」「下着」みたいに「見えないところ」

という意味があるようです。そのため、本心を隠してなにか行動したり、話したり

することを下心があるというらしいです。

 最近では、「下心」はセクハラみたいな性的なことを指すことが多いですが、

男性に下心があるという時の「下」は、決して下品とか下半身のことを指している訳

ではないと思いますよ……(たぶん)確かに普段から性的なことって隠しがち

ですけど、下心なくオープンにしたところで結局嫌われますね。でも、下心ある方が

陰湿というか、いやらしいというイメージがあるのはなんでなんでしょう?

「潔い」ことが美徳だからというのもあるかもしれませんね。

 ただ、僕はノンセクシャルということもあってなのか、イケメンと話をしたいとか、

お釣りをもらう時に手がふれないかな、といった「下心」というよりは、

「有名人を一目みたい」と言うような好奇心や野次馬みたいな感覚です。

 もしも店員さんと少しでも顔見知りになる可能性があるなら、おそらく照れて

しまってレジに並ぼうとは思わないと思います。本当に好きな子には、話しかけるのが

怖いみたいな感覚です。でも、レジの店員さんならもう会うことはないと思いますし、

たとえまた会ったとしても、僕の顔を覚えられて話しかけられることはないでしょう。

 だからこそ、イケメン成分を純粋に受け止めることができるのです。

かわいいイヌの動画を見るのと、実際にイヌをかわいがるのでは全然違います。

案外他の人も同じような理由で、かわいい店員さんのレジに並んでいるのかなと

思ったのですがどうなんでしょう?

 ただ、この「下心」ってすごく幅が広いと思います。というのも、世の中には

かわいい店員さんを選んで、わざわざエロ本やグラビアの雑誌をレジ打ちさせる

セクハラをする人もいるらしいですが、そんなあからさまな人から、僕みたいに、

ついかわいい店員さんのレジに並んで眺めてしまった人まで、みんな「下心」で

済んじゃうんです。自分自身で下心があるかどうか認識していようがしていまいが、

相手が下心があると感じたら、下心があることになってしまうのです。

 性的なことを匂わせること、恋愛対象として相手を見ること、これが少しでも

含まれたら「下心」になってしまいます。でも社会で生きていれば、男性と女性を

全く同じように扱えと言われても抵抗がありますし、意識していなくても恋愛対象と

そうでない性別というのは、違って見えてしまうと思います。

 ただ、そうわかっていても男性として生きているだけで下心があると思われることは

僕の経験上、多いように感じます。例えば、僕は吹奏楽部だったということもあって、

バレンタインの時期には女子からチョコをもらうことはそんなに珍しいことでは

ありませんでした。(お返し目当てで無理やり押し付けられることもしばしば……)

 ただ、周りの男子からすれば「女子からチョコもらうのずるい!」

「お返しするような好きなやつはいるのか?」と、からかいのネタでしかありません。

正直僕にとって女子はただの友達でしかないので、そんな「下心」なんてありません。

吹部の女子たちも僕を男だと思っていないひとたちばかりなので、普通にもらった人

全員にお返しをしていましたし、なんだったら男子同士でも友チョコあげてました。

 でも世の中には、バレンタインとホワイトデーに行われる「どう見ても義理でしょ」

というような男女のやり取りの中にさえも「下心」を感じる人もいるみたいですね。

 また、その当時は僕がゲイであることはカミングアウトしていませんでしたが、

もしカミングアウトしていたのならば、男子同士の友チョコに「下心」を感じるひとも

いたのかもしれません。

(そもそも僕にまったく下心なく友チョコをあげていたとはいいきれませんけどね♡)

 また、バレンタインの時期でなくとも吹部男子というだけで、「吹部って女子に

囲まれて羨ましい」とか「楽器吹けたら女の子にモテるでしょ」と言われることは

結構あります。女子と仲良くしゃべっているだけで「付き合っているでしょ?」と

言われたり、周りから変な目で見られることもありました。やっぱり男女(ことさら

恋愛対象となる相手)が一緒にいるというだけで、恋愛という要素からは逃げられ

ないのだと思います。

 ここまでくると、本人に下心があるのではなく、社会全体が、下心があるように

周りの人を思い込ませているような気もします。男女の友情は成立しないと

よく言いますが、社会が成立させることを許していないのでしょう。

 僕は、そもそもの「下心」=やましい、いやらしいという発想が良くないと

思います。男女が近くにいるだけで下心があるという発想こそが「下心」だと

思います。まさにこの世の中は、相手よりも先に、下心があると押し付けた人が、

下心の魔の手から逃れることができる「言ったもん勝ちな世界」なんです。

 そのため、エロ本をレジに並べるような隠しきれていない下心は置いておいて、

そうではないしっかり隠せている下心は、とやかく言われても気にする必要はないと

思います。人が考えていることなんて、その人にしか分からないのです。

だから、僕はこれからも胸を張ってイケメンの店員さんのレジに並びたいと思います!

(胸を張ったらそれこそ下心むき出しになってしまうんでしょうか?)