ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

天気雨に感動した

 先日、何年振りかと思うぐらい久しぶりに天気雨を見ました!

昔からなんですけど、天気雨って虹を見るより興奮するんですよね。

なんでこんなにも胸が高鳴るのだろう?と考えた時に、天気雨という存在が、

「矛盾」が形になったものだからかな思いました。

 そもそも天気雨というのは、強い風によって近くの雨もしくは雲が飛ばされたもの、

もしくはひょうやあられが途中で溶けてしまったものだと言われています。

日本では古来から「狐の嫁入り」と言われ、「晴れの日に滾々(コンコン)と降る」

というだじゃれから来たという説や、神様の使いである狐(稲荷神社とかありますね)

に雨乞いをお願いしようとした説など、様々な由来があるそうです。

 また海外にも「狐の嫁入り」のような表現があるらしく、鼠や熊、虎に悪魔など

色々な動物が結婚するみたいです。それぐらい不思議で珍しいということでしょうか?

 さて、話を戻すと天気雨というのは「晴れている」状態と「雨が降る」という状態、

「青空」と「雨粒」、「太陽光」と「雨雲」という普段は交わることのない存在が

一緒に存在している現象です。その非日常感や、特別感に心が惹かれていると

感じました。

 他にも、僕はオレンジ色が好きなのですが、オレンジは「赤」と「黄」が混じった

色であり、どちらとも言えないような色ですよね。

 また、アスファルトの隙間から咲いた花には、「人工」と「自然」、

「無機物」と「生き物」、「硬い」と「しなやか」みたいに、色々な「矛盾」が

一つの作品のようにまとまっているんですね。

 あたりが真っ暗で、闇に溶け込んでいる夜の世界に、月や星の光が差し込んで

いると、太陽とはまた違う「冷たい暖かさ」や、「繊細な輝き」をより感じることが

できます。

 他にもこたつの中で食べるアイスクリーム、チョコがかかったポテチ、

ネクタイだけド派手なスーツ、道路のそばにある花壇、山からかすかに見える海、

廃墟に絡みついた植物、大自然の中にポツンとある人間がかつていたであろう遺跡、

身近には案外、「矛盾」を形にとどめたものがあるんですね。

 世の中の混沌をかき集めて、スノードームのように閉じ込めた世界がそこには

あるんです。(ちなみに家にいながら雪が見れて、寒くなくて夏でも冬を見ることが

出来るスノードームは大好物です)

 きっと、人とは違うことが好きだったのだと思います。花を見て綺麗だというのは

安直でつまらない、晴れた天気なんていつでも見られるから嬉しくない、

そんな感情が子供の頃からあったような気がします。

 僕が小さい頃は、お弁当を作って家族でピクニックに行ったり、わざわざバスや

電車を乗り継いでデパートに行って駄菓子を買ったり、お花を摘み取るのは

かわいそうだからといってずっとその場で眺めていたり、今思えばなかなか活発

だったなと思いました。

 いつしか特別は「自分で見つけるもの」ではなく、「やってくるのを待つもの」

だと思い込んでいたのかもしれません。特別がいっぱいあってもいいじゃん!と

天気雨に気づかされたような気がしますね。

 久しぶりに見た天気雨で、身も心も洗われたような気がしました!