ゲイでノンセクシャル~人生の雨宿り~

雨ばかりの人生に、雨宿りができる場所を作りたい

「イヌ派かネコ派か」でエッセイを書いてみた

 最近、堅苦しい記事が多いと感じたので、息抜きがてら、キュートな話題を

選んでみました。(ただ、書き進めていくうちに、人によってはあまり良く

思われないような考えを述べた部分が出てきてしまいました。僕の素直な気持ちと

意見を述べた結果ですが、万一不適切だという意見があれば、この記事自体を

取り下げさせていただくかもしれません。それでもよろしければ、

読んでいただけると嬉しいです)

個人的には、「イヌ派か、ネコ派か」論争は、

(どうでもいいんですけど、カタカタの「ネコ」ってなんだかおしゃれですね)

「きのこの山か、タケノコの里か」、「甘党か、辛党か」論争に匹敵するほどの

難問であると思います。(余談になるのですが、辛党・甘党というのは本来

「お酒と甘味のどちらが好きか」という意味なので、未成年は口が裂けても答えては

いけません。いじわるな大人は世の中にたくさんいますよ)

 話を戻すと、「いぬ派か、ねこ派か」(ひらがなの「いぬ」かわいい)

僕があえて答えるとするならば、「クマ派」です。(特にシロクマかわいい)

 

……こういう2択の質問ってつい違う答えを言いたくなりませんか?

これこそ今の世の中に求められている「クリエイティビティ」ですよね。

二元論からの脱出は、世界の革新をもたらすと思うんですけどね……

 

 真面目に答えれば断然「イヌ派」です。特に柴犬、シベリアンハスキーあたりが

大好きで、しょっちゅうyoutubeやツイッターの動画を漁っては、日々癒されて

います。あの目と耳としっぽと適度なモフモフ感がいいですよねー。

ちなみに、ショウさんのブログが毎日のひそかな楽しみでもあります。

www.kotakota-1102.com

 以前も言ったことがあるのですが、僕は結構なアレルギー体質で、

洋服の毛糸や、ファーとかがダメなんですよね。

(そういえばこんな記事も書いていましたね)

www.life-amayadori.com

 なので、トイプードルとかヨークシャーテリアとかは、見るだけでくしゃみが

出てきます。残念ながら全ての犬の味方にはなれそうにありません……

 あと、ネコがなんとなく自分の性格に似ていてイライラするのもあります。

鏡で自分の顔をみたり、録画した動画をみたりしたくない感覚です。

遠目に見ている分にはかわいいんですが、いざ飼ってみるとなれば、

断然イヌ派ですね。

 実は、将来的に子供が欲しいとは微塵も思わないのですが、イヌを飼いたいとは

常日頃思っています。心理学的には、「ペットに愛情を注ぐことで、自らをペットへ

投射したときに、他人から愛情を注いでもらうかような感覚になるから」とされて

います。(詳しくは以下の記事でどうぞ)

www.life-amayadori.com

 ずばり言えば、1人が寂しいんですね。

最近は、人生のパートナーにあたる存在が「恋人」である必要ってないんじゃない

かなと思うようになってきました。(決して諦めているわけではないですよ!)

 例えば、お布団っていつでも一緒に寝てくれるし、包み込んでくれる包容力が

あって、どんなことがあっても優しく寄り添ってくれる、まさに理想の彼氏じゃん!と

思う時もあります。そうやって実際に布団と結婚しようとした人も、世界にはすでに

いるみたいですね。(先を越されてしまいましたね)

 今まで読んできた本を並べて、「これこそが僕の人生そのものだ」なんて言うのにも

憧れますね。かつて演奏した楽譜とか、人からもらったものとかなかなか捨てられない

タイプです。(プレゼントの包装紙とか絶対に破りたくないタイプでもあります)

 日本には、長年大切に使われてきたもの(およそ100年ぐらい)には、

「付喪神(つくもがみ)」という精霊のような神様が宿るとされています。

僕は、神様や幽霊は信じていないのですが、付喪神は本当にいると思います。

 これは、僕のお父さん、おじいちゃんの影響もありますが、決して物を粗末に

扱ってはいけないと口うるさく言われ続けました。「物を失くした」なんて

言おうものなら、見つかるまで永遠に探すことになりますし、たとえ鉛筆1本

であっても、なくしてしまえば二度と同じものは買ってくれません。

(携帯電話を失くした時だけは、1週間ぐらい粘って買ってもらいましたが)

 また、壊れるまで使うことが当然だったので、消しゴムは擦切っていましたし、

鉛筆キャップを付けて使い切っていましたね。小さい頃から、我が家ではそういう

決まりだったので、(妹には甘々な男たちですが……)よく落し物、なくしもの、

忘れ物をする僕は、人生の20分の1ぐらいは物を探しているような気がします。

(鍵、財布、時計の3つは絶対に足が生えていると思います)

「バケモノの子」に付喪神が出てきたときは、一人で勝手に感動していたのを

覚えています。(熊徹がカッコよかっただけかもしれませんが……)

 とにかく、僕は「何かを大切にしたい」という気持ちがあって、それが

恋人への思いと同じぐらい強いのかもしれません。その「何か」が、時には自分の

意見になり、時にはもらったプレゼント、時には友達とのつながりになるときも

あります。ただ単に失うことが嫌なだけかもしれません。でも、自分の思いを込めて、

大切にすることで、世界にたくさんあったものであっても、たった一つの特別なもの

になるんです。(これは英語の冠詞である「a」と「the」の考え方ですね)

そんな大切なものを、おいそれと手放すことが怖いのです。

 だからこそ、「別れる」という選択肢がちらついている恋人ではなく、

死ぬまでは必ず一緒にいることが出来る「イヌ」というものを望んでいるのかも

しれません。

 ちなみに法律上ではペットは所有物であり、「物」として扱われます。

そのため、他人のペットを殺せばなんと「器物破損」になるんですね。

授業でこれを知った時、「ペットを物扱いするなんてかわいそう」という声を

たくさん聞きましたが、僕からすれば「物扱いという悪口に使われた「物」が

かわいそう」だと思いました。物であっても、木や植物であっても、石や川で

あっても、この世の物全ては「生き物」であるような気がしてならないのです。

 「きれいなお花だ」といって摘み取ることや、河や海にゴミが浮かんでいること、

あらゆる自然が人間の手によって荒らされているのを見ることが辛いのです。

もちろん知らぬ間に僕も自然を汚しているのは事実ですが、「地球を守りましょう」

というスローガンに基づくならば、人を滅ぼすのが正解だと思うぐらいには、

人間という存在であることを恥じる時があります。(来世は動物になりたいです)

 ただ、人を滅ぼすことは本心ではありませんし、何よりも人と自然の共存は

美しいのです。廃墟を取り巻くつた、アスファルトから芽吹いた小さな花、

人の手が明らかに加わっている古代文明、そういったものを見ると心がじーんと

します。(自然が人間を支配している本来の姿を嬉んでいるのかもしれませんね)

 「人は土の上に立つべき」という考えは、あらゆる時代や地域で言われ続けてきた

ことです。「耕す」は英語で「cultivate」であり、文化(culture)と同じ語源を

持つとされています。日本でも江戸時代、安藤昌益が『自然真営道』の中で、

「身分に限らず、土に触れなさい」(直耕という言葉が使われています)と説いて

います。そして何より、あの有名なジブリのラピュタでもシータが説いていますね。

(「人は土から離れて生きてはいけないのよ」、シーンと相まって深い言葉ですね)

 最近の世界は、あまりにも人間のことしか考えていないような気がしてなりません。

大量生産大量消費により、物は簡単に捨てられますし、環境問題も大変ですねと

つぶやくばかりで、実際に目立った行動はしていないように思えます。

 動物も自然も、本来は「強者」であるはずなのに、人間の手によって「弱者」として

隅に追いやられているのが現状です。このままでは、いつしかラピュタのように

滅んでしまうような気がしてなりません。

 そのためか、僕の中にはペットを飼うことがかわいそうという気持ちがあります。

ペットショップという見世物にされたあげく、首輪を繋がれて、ひどい場合には

捨てられてしまうこともあります。

 そもそも動物に値段をつけることが僕はとても嫌な気持ちになるのです。

まるで命の価値を推し量る、神にでもなったかのような人間が醜く感じます。

僕としては、人間のほうがうじゃうじゃいる上に、自然を壊す害獣でしかないので、

需要と供給に照らしてみると、人間の価値って言うほどないんじゃないのかと思うの

ですが、なぜが人間の命に値段をつけちゃいけない、人はみな尊い存在だという

「道徳」や「宗教」によってその事実を覆い隠しているような気がします。

 そのため、僕が動物を飼うのは、その動物を「弱者」として扱うのではなく、

「同等」の立場として支え合う覚悟が出来てからになると思います。

また、ペットショップじゃなく、保護されたイヌを飼いたいという気持ちも強いです。

それが少しでも、人間が犯してきた罪滅ぼしになるなら本望なのかなと思います。

 イヌ派ネコ派というほっこりするはずの話が、脱線に脱線を重ねて、

結局重たい話になってしまいました。(反省です……)ただ、結構自分の中で

大切にしている感覚、考えを書けたのかなと思います。なんだか穏便に片付くような

何気ない世間話が苦手だということがばれてしまったような気もしますね……。

なんだかまとまりがない文章になってしまいましたが、最後まで読んでくださった

方がいれば、感謝したいと思います。